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障害者福祉の仕事を16年続けて、私が感じたこと
2026年5月19日
障害者福祉の仕事を16年続けてきました。
正直、綺麗事だけでは続けられない仕事です。
それでも私は、障害を持つ方々との関わりの中で、「幸せ」や「自立」の意味を何度も考えさせられてきました。
今回は、私が福祉の仕事を通して感じたことを書いてみようと思います。
〇福祉の仕事を始めたきっかけ
私が福祉の仕事に従事するきっかけになったことは、今から約20年程前、母がステージ4のスキルス性の胃癌になった時でした。
当時母は大学病院で胃癌の診断を受け、余命3ヶ月を宣告されました。
手術をするには手遅れ状態で抗がん剤治療をすることになり、そこから入退院を繰り返す闘病生活が始まります。
抗がん剤治療を始めてすぐに効果が出て癌は小さくなりましたが、それも一時的ですぐに悪化していきます。
10ヶ月に及ぶ抗がん剤治療に疲れてしまった母は、緩和ケアを選択することになり、癌が見つかってからちょうど1年が経った日に自宅で亡くなりました。
幸いだったのは、私を含めた家族みんなで母を看取ることができたことです。
母が亡くなるまでの緩和ケアで、ケアマネジャーさんやヘルパーさん、訪問看護師さんなど色々な方のお世話になり、母はとても感謝していました。
最後は要介護5までになり、手厚い介護を受けることができました。
母は私に
「お前もこういう仕事ができたら良いのに。お前に向いてると思うよ。」
とボソッと言ったことがずっと頭の中から離れませんでした。
それがきっかけだったのかも知れません。
また母とは別で祖母もアルツハイマー型認知症で要介護4となり、母が亡くなってから2年後に他界しています。
私が小学生の頃、祖父も認知症で亡くなっています。
そして私の父もその後、アルツハイマー型認知症となりました。
つまり私の人生は介護と切り離すことができないくらい壮絶なものでした。
それまでは福祉とは全く無関係な仕事をしていたので、福祉の仕事に必要な資格も持っていません。
11年働いた仕事を辞めるのは結構な覚悟が入りましたが、母の言葉を思い出して一念発起し、退職して通信制の学校に通い社会福祉士国家試験の取得を目指しました。
〇従事した福祉の仕事
社会福祉士国家試験取得の為の学校に通いながら、まずは知的障害者の入所施設で働きました。 なぜならそこは資格が必要なかったからです。
私は右も左も分からない状態でいきなり現場に入ることになり、とてつもない衝撃を受けることになりました。
その施設には重度の知的障害者の方が約80名生活されており、施設の中は閉鎖的な空間に感じられ、人間らしい生活環境とは言い難い状態で、決して良い環境とは言えませんでした。
居室は4人部屋で仕切りもなくプライバシーの配慮など全くありません。
居室の棟は鍵で施錠されており、中では裸で走り回る方や、服をビリビリに破ってしまう方、廊下や居室で排尿してしまう方、身体中に自分の便を塗りたくってしまう方などなど…
そういう方々の生活をサポートする仕事を約7年携わって、
その後、
・知的障害者の生活介護事業所
・軽度知的・精神障害者のグループホーム
の仕事に携わり、合計で16年続けました。
〇16年続けて感じたこと
①幸せの価値観
重度の知的障害者から軽度の方まで、幅広い分野で障害者の方々と関わってきました。
比較的軽度の障害者であれば、ご自身の意思や思ったことを言葉にして相手に伝えることが可能ですが、重度の方だと言葉が喋れずご自身の意思を相手に伝えることが難しい方もいらっしゃいます。
それでも声を荒げたり甲高い声を出したりして、感情を表現することはできます。
嬉しい時は笑って嫌な時は怒る、悲しいと泣いて嬉しい時は飛び跳ねる。
人はどんな障害を持っていても、幸せを感じることができる。
幸せとは、その人によって価値観が違い、 私たち健常者が当たり前だと思っている幸せは、実はその方々には幸せなことじゃないかも知れない。
その人の幸せについて考えさせられる、非常に奥の深い仕事だと思いました。
②自立の意味合いの違い
障害者福祉において、どの事業所でも一人ひとりの利用者ごとに”個別支援計画”を作成していきます。
その計画は、その利用者さんの自立を目指すためのもので、
・長期目標と短期目標
・その方のニーズを拾い上げてどのような支援をしていくのか
を決めていきます。
そして最低でも半年ごとに目標に対してのチェックを行い、必要に応じて支援計画を変更していきます。
ここで問題になるのが”自立”についての意味合いです。
私たち健常者であれば、自立とは親から離れて独り立ちすることだと思ってしまうでしょう。
しかし障害者の方々、特に重度の知的障害者の方はそのような”独り立ち”など到底不可能です。
だからと言ってその方々が自立できない訳ではありません。
自立とは、その人それぞれで意味合いが違い、
・自分の意思を何らかの形で伝えることができる
・上半身だけなら自分で衣服を着たり脱いだりできるようになる
・少しの時間なら自分の力で歩行器なしで歩くことができる
など、その人の障害の程度やレベルによって違ってきます。
私はこの仕事をして利用者さんと関わっている時、このように今の状況から少しでもレベルアップすることができたり、できなかったことがちょっとだけできるようになった場面を目撃し、その時のご利用者さんがとても嬉しがっていた表情を見て、初めて理解できました。
利用者さんが初めて自分の意思を表現できた時、私は思わず涙が出そうになりました。
③保護者との関わり
保護者との関わりの難しさもあります。
私は一度、保護者対応で心を病んでしまったことがあります。
原因は私の上司と保護者の間で板挟みになり、対応の仕方が分からず行き詰まってしまったことと、ちょうどその時父がアルツハイマー型認知症となり仕事と介護の両立で潰れてしまったことです。
保護者との関わりで難しい場面は、ご利用者の方の意思と保護者の意思が同じ方向を向いていない場合や、ご利用者の方が保護者に気を使ったり逆らえなくてご自身の意思を表出できないことが挙げられます。
そのような場合、どうやってご利用者の方の気持ちに寄り添えるか、どうしたら保護者に分かってもらえるかが難しいところです。

〇まとめ
私は16年間障害者福祉の仕事を続けてきましたが、
・障害者でも一人ひとりみんな違い、それぞれご自身なりの意思を持っている
・そして人は必ず少しずつでも成長している
・そして成長できる喜びを実感して表現することができる
以上のことを発見し、とてもやり甲斐のある仕事だと感じました。
その反面、利用者さんや保護者の方への対応は難しく、何度も壁にぶち当たり挫折を繰り返すという、非常に厳しい仕事でもあります。
障害者の方々への支援は立派な仕事だと思いますが、自身のメンタルケアもしっかり行わないと続けることは難しいと思っています。
今現在でもこの仕事を続けるか辞めるか迷っているところです。
大切なのは、ひとりで悩まず職場の仲間や上司に相談するということです。
これから障害者福祉の仕事を目指そうとしている方へ。
・その職場が仲間や上司に相談しやすい環境であるか
・代わりがいない程スタッフが少ない状況じゃないか
・休みがしっかり取れる環境であるか
・仕事内容に見合うくらいの給料が保証されているか
以上のことは見極めておいた方が良いと思います。
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