-
認知症の父を4年間介護して一番辛かったこと|家族介護で感じた後悔と葛藤
2026年6月9日
私の家系は認知症の家系と言ってもいいくらい、認知症になった人が多かったです。
私の祖父も祖母も認知症になり、私の親は一生懸命介護をしていました。
そして祖母が亡くなったら、今度は介護していた側の父がアルツハイマー型認知症になってしまいます。
父と祖母の介護をしていた親の姿を見てきた私としては、自分の父が認知症になったら、介護するのは自分しかいないと自然に思っていました。
ここから4年間の父の介護生活が始まることになりますが、
父の介護で一番辛かったのは、身体的な負担でも問題行動でもありませんでした。
少しずつ父が父ではなくなっていく姿を、毎日見続けなければならなかったことです。
今回は、アルツハイマー型認知症の父を4年間介護した私が、一番辛かったことについてお話しします。
〇父が認知症かもしれないと思った時

私は2007年に63歳で母を癌で亡くしています。
祖母はその前からアルツハイマー型認知症に罹患しており、父は懸命に祖母を介護していました。
父はすでに定年退職していたので、介護に多くの時間を使うことが可能でした。
そして2009年に94歳で祖母が亡くなり、それから私と父の二人暮らしが続きます。
私は障害者福祉の仕事で、夜勤のために家に帰らない日もあり、父が家で一人になる日も多かったです。
父は一人で食事を作ったり、犬の散歩に行ったりして過ごしていましたが、徐々に物忘れをするようになってきました。
2014年のある日、父が通っていた糖尿病外来のクリニックから電話がありました。
先生から直接私に話があるというので、 電話に出ると、先生から、
・最近予約の日になっても受診に来ない
・お酒を飲んでクリニックに来ることがある
・父一人での受診は不安なので私も同席してほしい
と言われ、次の予約日から私も父のクリニックに同行するようになりました。
このクリニックの先生から電話で言われた時、私はもしかしたら父は認知症かも知れないと思いました。
〇役に立った福祉の仕事
私は障害者福祉の仕事をしていました。
父の介護で役に立つ福祉サービスは、高齢者福祉の分野になりますが、相談窓口だったり、福祉サービスの申請などについて、ある程度知っていたのは良かったです。
父が認知症かも知れないと思った日から、私は色々行動を始めました。
前のブログ記事でも書きましたが、父が通っている糖尿病外来のクリニックの先生に、認知症外来の紹介状を依頼し、大学病院を受診しました。
そして検査の結果、父がアルツハイマー型認知症であることが分かりました。
父が認知症であることが分かったら、自宅の近くにある地域包括支援センターに行き、父の要介護認定の申請とケアマネジャーの紹介を依頼しました。
そしてデイサービスを3カ所見学し、父の要介護認定の結果、要支援1の判定を受けると、週2回でデイサービスに通うようになりました。
〇認知症悪化の悪循環

その後の父は、前のブログ記事でも書いた通り、徐々に認知症が悪化して問題行動が増えていきました。
私は2016年に結婚して、妻も父の介護に協力してくれましたが、妻の負担も日に日に大きくなっていきます。
妻の心身が限界にならない為にも、ショートステイの利用を始めますが、ここから父の認知症は一気に悪化してしまいます。
認知症が悪化すると介護の負担も大きくなり、更にショートステイの期間を増やして、また認知症が悪化するという悪循環が生じます。
最終的には有料の老人ホームに入れることになってしまいました。 そして老人ホームで問題を起こした父は、ホームから出なくてはならなくなり、精神病院に入院することになります。
そして精神病院に入院してから1年も経たないうちに、父は亡くなってしまいました。
父を4年間自宅で介護して、自宅での介護が限界を迎えた時、老人ホームに入りましたが、そこから父が亡くなるまで、ほんの1年半の出来事でした。
〇父の介護で一番辛かったこと

認知症の父を4年間自宅で介護して、一番辛かったのは、
「老いていく父の姿を見せつけられてしまう」ことです。
昨日まではできていたことが、今日になったらできなくなっている。
これが毎日のように繰り返されます。
・ご飯をこぼすようになる
・服を着るのが難しくなる
・一人で入浴ができなくなる
・ご飯を食べたことを忘れてしまう
・夜中に何度も起きてしまう
・自分の家が分からなくなる
・トイレを失敗するようになる
父の問題行動にも、毎日のように悩まされていましたが、
「まさか自分の父がこんな状態になるなんて」という思いが、本当に辛かったです。
おそらく、父の方がもっと辛かったと思います。
・今までできたことができなくなる
・どうしてなのか分からない
・どんどん自分のことが分からなくなってしまう
こんなに恐ろしいことはないでしょう。
父がそんな辛い思いをしていたかも知れないと思うと、余計辛くなってしまいます。
また、父が問題行動を起こしたとき、やってはいけないと分かっているのに、 父に怒鳴ってしまう自分がいました。
・毎日夜中に起こされる
・ここが家なのに、「早く家に帰ろう」と言われる
・ご飯を食べたばかりなのに、「ご飯はまだ?」と言ってくる
・何度も一人で外に出掛けようとする
・服を10枚以上重ね着してしまっている
認知症なのだから仕方ないのは分かっているはずなのに、心のどこかで、
「自分の父がこんな状態になるはずがない」 と、現実を受け止めきれない自分がいたのかも知れません。
そして父を怒鳴ってしまった後に、そんな自分を責めてしまう。
その罪悪感は、私と同じように親の介護を経験されている方なら分かっていただけるかも知れません。
〇父が亡くなってから思ったこと

父が亡くなったのは、2020年の12月のことです。
それは突然のことでした。
父が精神病院に入院したのが2020年の2月で、ちょうどコロナが流行り出した頃です。
コロナの影響で面会がほとんどできず、父がどんな状態なのか、どんな生活をしているのかが全く分かりませんでした。
そして12月のある日、急に病院から電話が掛かってきました。
「お父様が危険な状態です」
その言葉に目の前が真っ暗になりました。
そしてその日、仕事を切り上げて、自宅から車で2時間掛かる病院まで向かい、ようやく父と面会できた時、 父は意識がなく、ただ呼吸をしているだけの状態でした。
翌朝、病院から再び電話がありました。
「お父様が危険な状態です」
私は急いで病院へ向かいましたが、最期には間に合いませんでした。
父は静かに息を引き取っていました。
父が亡くなってから、私は父に対して後悔の気持ちが強かったです。
・もう少し優しく接してあげられれば良かった
・老人ホームに行けなければ、もっと長生きできたかも知れない
・父が元気なうちに、父と一緒に色々旅行行っていれば良かった
など、挙げたら切りがないくらい後悔しました。
〇親の介護をされている方へ

私と同じように、親を自宅で介護されている方は多くいらっしゃると思います。
親の介護は、自分で思っている以上に、体力的にも精神的にも負担が掛かってしまいます。
親が認知症になったことを受け入れられず、親に強く当たってしまうこともあるでしょう。
そして親が亡くなってから、なんであんな事言ったんだろうと後悔することもあると思います。
認知症とは、それだけ家族を壊しかねない、難しい病気だと思います。
介護に正解はありません。
私自身、今でも「あの時もっとこうしてあげれば良かった」と思うことがあります。
それでも、父を最後まで支えようとした時間に嘘はなかったと思っています。
今まさに介護をされている方は、一人で抱え込まず、どうか周囲の力も借りてください。
あなた自身の心と身体を守ることも、介護の大切な一部なのだと思います。
その他のカテゴリ紹介
引退馬支援と命の余生https://kyosoba-yosei.com/category/intaiba-yosei
福祉の仕事と支援https://kyosoba-yosei.com/category/fukushi-workandsupport
自分を支えるメンタルケアhttps://kyosoba-yosei.com/category/mental-care