• 私が適応障害になった時|壊れていく自分の心と身体

    2026年6月10日

    私がどのような経緯で適応障害になったのかは、前のブログでお伝えしました。

    ここでは、私が適応障害になるまで、私の心と身体がどのように壊れていったのかをお伝えしたいと思います。

    私は障害者福祉の仕事で、上司と保護者の板挟みになり、家では父の介護の負担と、二重のストレスが重なり、適応障害に陥りました。

    私の心と身体は、一瞬ではなく、徐々に壊れていきました。

    私は適応障害になるまで、「自分が心の病気になることはない」と本気で思っていました。

    しかし実際には、心より先に身体が悲鳴を上げていたのです。

    〇熱中症のような症状

    それはまだ7月上旬で梅雨の真っ只中で、蒸し蒸しとした梅雨の中休みの日でした。

    その日の最高気温は32℃くらいで、久しぶりの真夏日になっていました。

    私はいつものように通勤している時のことです。

    その日は電車に乗るまでは何も問題なかったのですが、電車を降りてから少し怠さを感じはじめていました。

    そして職場まで10分ほど歩いている途中、急に頭がクラクラして立っていられなくなりました。

    私は熱中症だと思い、なんとか職場に着いてから、上司に相談し少し休んでから仕事に入るようにしました。

    ところが30分休んでも体調が改善しません。

    1時間経っても立ち上がるのがやっとです。

    結局その日は仕事ができず、早退してタクシーで地元の病院まで行きました。

    病院で血液検査や問診をしたところ、軽い熱中症かも知れないとの診断を受けましたが、 処方された薬は、なんと「精神安定剤」でした。

    私は精神安定剤を処方されたことに違和感を持っていました。

    その時は、

    「なんで精神安定剤を処方されたんだろう」

    くらいにしか思っていませんでした。

    まさか自分が精神疾患に罹るわけない」

    という気持ちもあったので、精神安定剤を処方されたことをとても不思議に思っていました。

    〇電車のラッシュでの怠さ

    それから2ヶ月が経ち、夏の残暑が残る9月中旬の頃です。

    もう暑さには大分慣れてきて、身体も楽になっていたはずでした。

    ところが、いつもと同じように通勤ラッシュの電車に乗っている時、急に気分が悪くなりました。

    職場の最寄駅に着いた時には、電車から逃げるように降りて、そのままホームのベンチに座り込んでしまうほどでした。

    そしてベンチに座って30分経っても気分が回復せず、仕事ができる状態ではありませんでした。

    なんとかベンチから立ち上がり、改札口まで行きましたが、辛さが限界を迎えます。

    私は駅員さんに、事情を説明すると、駅員室のベッドで休ませてくれました。

    職場に電話をして今の状況を説明すると、今日は休んでよいと言われ、体調が戻るまで駅員室で休ませてもらい、1時間ほど経って家に帰りました。

    〇朝、起きられない

    次の日は金曜日で仕事に行くことができましたが、土日休んで週明けの月曜は、仕事に行くことができませんでした。

    いつもなら6時半に起床し、犬の散歩に行ってから朝食を食べるのですが、 その日は6時半になっても起きることができません。

    そして仕事のことを考えると憂鬱な気分になり、身体が怠くなっていきました。

    その日を境に、朝起きられず仕事を休む日が増えていきました。

    朝起きられなかった時の犬の散歩は、父が行ってくれました。

    父はその頃はまだ認知症が軽度で、犬の散歩くらいなら大丈夫だったので、助かりました。

    〇突然、涙が止まらなくなる

    仕事に行ける日と行けない日が続いていたある日、突然職場の更衣室で涙が止まらなくなり、嗚咽するほど泣いてしまうことがありました。

    このことは前のブログ記事でも書きましたが、本当に自分でも、なんで泣いているのか分からない状況でした。

    そして心配した妻が、私に心療内科の受診を勧めてくれて、ちょうど休みの土曜日に心療内科を予約して、心理検査などの検査をおこなった結果、 「適応障害」との診断を受けました。

    その日から2週間の休養を医師から宣告され、仕事を休むことになります。

    そして仕事のことは忘れて、ゆっくり休むことを心掛けて過ごしていました。

    2週間の休養で大分楽になったはずでしたが、2週間後に仕事に復帰すると、 また元の状態に戻ってしまい、朝起きられない日が多くなっていきました。

    〇無気力感と背中のゾワゾワ

    職場に着いても仕事ができない日もあり、職場の仲間に迷惑を掛けることで、より自分を責めてしまい、状態はどんどん悪化していきました。

    医師から再度の休養を勧められ、その日から全く仕事に行けなくなってしまいました。

    結局、2ヶ月ほど休んでも改善が見込めなかったので、仕事を辞めることにしました。

    仕事を辞めたら楽になると思っていましたが、なかなか良くなりません。

    家にいても、無気力感が出て何もしたくない状態が続きます。

    また酷い時は背中がゾワゾワする感じで、とても気持ち悪く、妻に背中をさすってもらいましたが、良くなるのは一時的で、またすぐにゾワゾワ感じが襲います。

    病院では、精神安定剤と眠剤を処方され、辛い時の頓服として、強めの安定剤も処方されました。

    医師からは、これ以上酷くなると鬱状態になる恐れもあると言われ、その時は入院も検討すると言われました。

    幸い、「死にたい」という気持ちにはならず、この状態より悪化することはなかったのですが、 それでもとても辛い日々だったことは忘れられません。

    〇悪夢にうなされる日々

    私が仕事を辞めようと思ったのは、 「仕事を辞めれば状態も良くなるだろう」 という希望があったからもあります。

    仕事を辞めるまでは、仕事のことを考えると調子が悪くなり、仕事に行かなくて良い状況になると、気持ちが落ち着いてきました。

    なので、仕事を辞めさえすれば楽になるだろうと思っていたのですが、実際はそうではなかったです。

    それは寝る時に見る「夢」です。

    夢」の内容はいつも決まって、仕事の夢でした。

    それも、トラブルに巻き込まれたり、上司や保護者に怒られる夢ばかりです。

    毎日のように悪夢にうなされ、朝起きると汗まみれの状態です。

    そんな悪夢ばかり見ていると、余計無気力感や怠さが身体を襲います。

    病院で医師にそのことを相談し、眠剤を調整して、眠りが深くなる薬を処方してもらいました。

    それでも毎日ではないにしても、3日に1回は悪夢を見てしまいます。

    今日は怖い夢見たくない」 と寝る前から眠るのが怖くなってしまうほどでした。

    〇1年半の休養と回復

    適応障害が治った今では、そのような悪夢を見ることはなくなりましたが、 1年半の休養中は、最後まで続きました。

    そして休養してから1年間は、悪夢の辛さに苦しんでいましたが、その後は徐々に悪夢を見ても苦しまなくなっていきました。

    1年半の休養中、妻はずっと私を支えてくれました。

    私が調子の良い時に、日帰り旅行や一泊旅行などに連れて行ってくれたことで、徐々に体調は良くなっていきました。

    適応障害に発病して1年後くらいで、ようやく回復し始めました。

    最初に回復したのは、背中のゾワゾワ感です。

    このゾワゾワ感がなくなると、大分楽になった気がしました。

    そして怠さと無気力感も徐々に薄れていきました。

    しかしこれは薬を服用しているからであって、急に止めるのは良くないそうです。

    そして休養してから1年半経ち、ようやく仕事に復帰することができました。 

    その後も月に1回のペースで心療内科に通い続けましたが、復職後1年経って診療内科も卒業できました。

    〇最後に

    私はこの適応障害という病気に罹る前は、自分が罹ることはないと思っていましたし、

    「心の甘えだ」

    とも思っているほどでした。

    ところが実際に自分が罹患してみると、自分の想像を絶するほどの辛さを体験しました。

    適応障害や鬱病は、特定の人が罹る病気ではなく、誰でも罹る可能性があります。

    ・いつもとなにか違う

    ・理由は分からないけど怠い

    ・朝、起きられなくなった

    ・やる気が出ない

    など少しでも心と身体に異変を感じたら、 適応障害を疑ってみた方が良いかも知れません。

    この病気は決して恥ずかしい病気ではありません。自分を守るためにも、早めの受診をお勧めします。

    私自身、適応障害で仕事を辞め、1年半もの休養が必要になりました。

    しかし今振り返ると、あの時しっかり休んだからこそ回復することができたと思っています。

    今この記事を読んでいる方の中にも、同じような苦しさを抱えている方がいるかもしれません。

    どうか一人で抱え込まず、周囲の人や専門家を頼ってください。

    適応障害は必ず回復の可能性がある病気です。

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